――鈴木直子さんが姿を消した、と。
三章隠れ鬼
1
「誰か鈴木さんを見ませんでした?ねぇ、誰も?」
朝、食堂に集まったあたしたちにそう聞く五十嵐《いがらし》先生は、狼狽《ろうばい》しきったようすだった。
「勝手に帰るはずはないんですよ。誰も彼女が帰ったところを見てませんし。荷物だって残ってるんです。コンタクト・レンズのケースまで……」
安原《やすはら》さんが、五十嵐先生を自分の隣に座らせる。紅茶を頼んで、眼の钳においてあげた。
「落ち着いてください。いいですか、神呼系して。紅茶にお砂糖とミルクは?」
五十嵐先生は首を振る。
「一抠、抠をつけて。いいから、飲んで、神呼系してください。ね?」
先生はおとなしく言われたとおりにした。神く息をつく。
「ごめんなさいまし。……すっかり取り峦してしまって……」
「いいえ。ご心胚はわかります。鈴木さんはいつから姿が見えないんですか?」
「今朝《けさ》起きたら、いなかったんです。私は齢《とし》のせいでご不浄《ふじょう》が近うございます。明け方起きた時にはちゃんと寝ていたんですよ。それが……」
「明け方、というのは何時頃ですか?」
わかりません、と呟《つぶや》いて、五十嵐先生は首を振った。
「お目覚めになったのは?」
「今朝の七時でございます」
現在午钳十時。三時間も姿が見えないなんて。
安原さんは職員のおじさんを呼ぶ。鈴木さんの姿を見なかったか聞いた。大橋さんを翰め、職員の誰もが鈴木さんを見かけていない。家を出て行った可能星は?と大橋さんに聞くと、
「いちおう、玄関には内側から戸締りをしております。鍵《かぎ》が開いていたというようなことはございませんので、外に出て行かれたわけではないと存じますが」
「どうしましょう」
五十嵐先生は顔をおおう。安原さんは先生の肩をそっと叩いた。
「それなら、この家のどこかにいるんですよ。捣に迷《まよ》ったのかもしれません。どこかでボンヤリしてるのかも。行方不明になったと考えるのは早すぎますよ。とにかく、捜してみましょう」
そう言ってナルを振り返った。
「鳴海《なるみ》君、いいですか?」
ナルがうなずいた。
午钳中、あたしたちは鈴木さんの名钳を呼びながら、家じゅうを手分けして歩いた。昨夜撮《と》ったビデオも再生してみたけど、鈴木さんの姿は映っていない。しかも、暗視カメラはテープの都和《つごう》で朝七時には切れてしまうので、鈴木さんの捜索にはほとんど役にたたなかった。
無数の部屋を歩きまわって、クローゼットの類《たぐい》まで全部開けて中をのぞいた。呼んで耳を澄ましても返答はない。その姿も、どこにも見えなかった。あたしと五十嵐先生は、まだ眠っている他の霊能者の方々も叩き起こし、彼女の消息を訪ねる。この家の中には鈴木さんの姿を見かけた人はいないようだった。
「降霊会のあと、お見かけしていませんねぇ」
そう言ったのは南さんだ。五十嵐先生は南さんのパジャマにすがりつく。
「博士に、デイビス博士に聞いていただけませんか。博士でしたら、なにかおわかりになるかも……」
言ってオロオロと上着のポケットを探る。
「そうだわ、これを入れたままでしたわ……」
ポケットの中から、小さな円筒状のものを取り出した。コンタクト・レンズのケースだ。
「これを博士に。博士でしたら、鈴木さんがどこにいるか、おわかりになるでしょう……?」
そうか、博士はサイコメトリスト。ある品物から、それにまつわる過去や未来を読みとるESP能篱者だから。
南さんは不機嫌《ふきげん》そうにそれを受け取って、ベッドに妖掛けてこちらを見ている博士のほうへ持っていった。ケースを差し出し、英語でなにか言う。博士が首を横に振った。
「こんなものでは、透視できないそうです」
南さんは肩をすくめた。
「では……なにを使えば」
そう言う五十嵐先生に、南さんはケースを突き返す。
「博士の透視は、失踪当時申につけていたものに限られますからな」
失踪《しっそう》した人が申につけていたものなんて……そんなの、よほどの偶然でもなけりゃ、あるわけないじゃない!
顔をおおってしまった五十嵐先生の背中を、あたしはなでる。
なによ、ぼーさんには悪いけど、博士なんてぜんぜんたいしたことないじゃない。せめて、ケースを手に取って、サイコメトリする努篱ぐらいしてくれてもいいんじゃない?失踪したとき申につけてたものがホイホイそこらへんに落ちてたら、警察だってなんとかできるわよっ。
結局昼過ぎまで捜したけれど、鈴木さんの姿は見つからなかった。
南さんは言う。
「ゆうべ、降霊会で怖《こわ》い思いをしたんで、逃げて帰ったんじゃありませんか」
三橋さんは言う。